TOPに戻る
次のページ
 

 皆さんは日々生活している中、足元で力強く咲いている花に意識を向けたことがあるでしょうか。また、それを見て何かを思ったことがあるでしょうか。
 思い出してみましょう。
 まだ外で元気に走り回っている頃、タンポポの綿毛を飛ばしていませんでしたか? サルビアの蜜を吸っていませんでしたか? 夏休み、朝顔を育てていませんでしたか?
 思い返すという表現を使う辺り、既に成熟しきった私達は、純粋な目で草花を見れないのかもしれません。しかし、それならば大人ならではの視点で新しい発見があるかもしれません。
 普段気に留めることのない草花を見てもらいたい、それでこの作品を連載しようと思ったんだ。……じゃあ、名前も与えられていない主人公からの観点で、家の周りにある草花を見てみようか。

 


『ある晴れた黄金週間、その一日』

 

 早速だが、俺は父方の実家に帰ってきている。なんてことはない、ゴールデンウィークを利用した、どこにでもある帰省だ。車に揺られ五時間とちょっと。周りに見えるのは山ばかり、決して海など見えやしない。……長野県、そこにばーちゃんの家がある。

 そこで問題になってくることが一つ。前置きとして、俺は生粋の現代人だ。電化製品に囲まれていなければ落ち着かず、一日に数時間はPCを触り、そしてなによりニートだ。何を言いたいかというと、詰まるところの暇。テレビはあるにしても何も映らないという矛盾に苛まされる箱、最寄の店が車で20分という素晴らしい立地、もちろんPCなんて影も形もなく、未だに黒電話が現役なばーちゃん家とは即ち、暇以外の何ものでもないわけでありまして。

 ニートという部分、つまりはその、居心地が悪い。家で一日中寝ていようにも、こんなニートライク人生まっしぐらな俺に対してばーちゃんは「出来がいい孫をもって幸せだ」、と言うのだ。半ば今の状況に対して開き直っている俺でも、これはつらい。よもやこんな方向から重度の精神汚染攻撃を食らうとは思ってもみなかった。

 結論としては、家に居てもすることがない、寝ようと思っても居心地が悪い……と、まさに今新たな選択肢を導き出さねばならないという状況に陥っているというわけだ。

 じゃあどうするのかと思考の堂々巡りに突入してしまうほど、俺は馬鹿じゃない。俺の手には、デジタルカメラが握られている。そう、カメラだ。親父が一番下の妹(歳の差17歳という驚き)を撮るために持ってきた代物だ。これを、使う……ッ!














 外に出ると、それはもう素晴らしく暑苦しい太陽の日差しが、俺の肌を焼く。今は四月の終わりだという話だが、なんでも今日に限って真夏日らしい。このほぼ引きこもりな俺が、外で行動しようという思いに到った日に限って真夏日らしい。

 デジタルカメラを持ってなにをするか。
 愚問だな、写真を撮るに決まっている。……今では全く以って将来性の無い俺だが、昔はカメラマンになるのが夢だったのだ。

 それはさて置き、こんな見知らぬ土地で人を捜すのは骨が折れる。かと言って、風景では面白みに欠ける。ならば、と俺はすかさず足元に生えている雑草に対し、シャッターを切る。
















 うむ、どこからどう見てもタンポポだな。この細かく分かれた眩しすぎるくらいに黄色な花びらが、なによりの証拠。

 デジカメの液晶画面を確認。初めてカメラを触ったにしては、結構上手く撮れてるんじゃないの。

 ……うーむ、これは楽しい。中二病臭くなる話だが、この液晶画面に写っている場面、これがこの世界に於いてただ一つの数瞬だと思うとやけに大切な何かに思えてくるから不思議。

 そしてもう一つ思う。花ってさ、なんか可愛くね? そこで、つながってはならない情報が、何かの拍子で繋がってしまった。ネット上でよく見る、○○を擬人化してみたというくだり。

 ……人間の連想というのはここまで高速で突拍子もなく手に負えないものなんだなぁ、と、タンポポを元気な女の子として脳内で擬人化してしまった俺は思うのであった。

 ――とりあえず、ばーちゃん家から離れるためにも歩き出す。なんだろう、新しい世界が見えた。多分価値観が変わった瞬間なんだろう、物事の考え方が変わった。
 ……例えば! そこに咲いている名も無き(知らない)花よッ!!










 無心でシャッターを切る。そして、すぐさま液晶画面を見る。いい具合だ、見てみろよ“彼女”を。紫という一見派手な色を、その小柄な体系で落ち着いた色に見せてやがる。清楚なお嬢様というにはまだ幼く、けれども体のラインが浮き出ているその姿からは微かな色香が漂っていて……。

 素晴らしい、脳内で一瞬にして花が擬人化されているぞ。これは楽しいと言わざるを得ないというか、それ以前の問題として、現実ってこんなに楽しめるものなんだなと、今更ながらにも涙が出そうな気がしなくもなく、次に行こうではないか。


 ばーちゃん家の前にある道を真っ直ぐ進み、心惹かれる少女(草花)を探す。なんとも変態臭いと言われればそこまでなのだが、俺は自然をカメラに収めているだけなのだ。法に触れるどころか、誰かに咎められる筋合いなんてあるわけがない。先は見えているにしても、中々に長い道を進む。

 ……それにしても、田舎だ。歩けば歩くほどわかるのだが、空が青かったり家が無かったり傍を見れば森があったりと、どこぞのジブリ作品でも観ているような気分になってしまう。……街中にいるとわからないけど、ここまでの田舎に来ると自然が綺麗で感動する人の気持ちがわかる気がする。……ここの場合、ノスタルジックを感じるとでも言うのだろうか。

 ――パシャ。



 









 通り過ぎようとした空き地、そこに見たことがあるようでないような、そんな少女(花)を見つけて撮る。

 真夏日よりだからだろうか、何も知らない無垢な少女が透ける素材のワンピースを着けて佇んでいる。ちょっと物静かな雰囲気を漂わせる彼女は、先程撮った子の妹だろうか。先程の子よりも未成熟な感じが、物静かな雰囲気とのギャップを感じる。

 そして何より思うことは、あれなんだよな、凄くボケてる。……くそっ! なんでかは知らんが、一枚目が上手くいっただけに凄く悔しい気分になるぜ。思うに、悔しさというのは努力の為のバネになるのだろう。何に対してかは自分でも分からないが、やる気が出てきた。

 おもむろに目の前に広がる林、その入り口っぽいところを撮る。














 なんとも、何かがありそうな予感を感じさせる場所だとは思わないか。トトロとか出てきそうな感じ。……少年漫画のノリだと、こんな場所にヒロインの女の子が裸で倒れてたりするんだよな。

 そう考えると今の自分が情けなく思えてくるので、違うことを考える。そう、今日はこんなにも天気がいいのだ、空を含んだ景色でも撮ればいいんじゃないのか。……うむ、悪くない。話の入り口から少し離れたところに移動すると、少しカメラを上に向けてシャッターを切る。












 雲一つ無いというわけではないが、それでも青く澄み切った空。多少雲が漂っている空の方が好きなのは、俺だけではないはず。

 と、液晶画面を確認してから気付く。写真の右上、何かの木に咲いている花が写っている。ふと液晶画面から顔を上げ、少し上のほうを確認すると、そこには
















 桜の花がこれでもかと咲いていた。綺麗だと思う反面、その、今ってゴールデンウィーク、始まっちゃってるよね? もう五月に入るよね? 桜の咲く時期って今だっけ? という疑問が頭をよぎる。……まぁまぁ、ばーちゃん家の場合、色々な行事は月遅れでやる(例で言うと、雛祭りは四月にやる、とかな)って言うのだから、桜もその影響を受けたのだろうと自分に言い訳をする。それに、もしかしたら今の時期に咲く桜もあるのかもしれないし。

 十分に見惚れた後、俺は自分の欲望に逆らえなくなる。あれだ、やはり花は近くから撮って吟味したいというかなんというかな。まぁパシャリと。
















 穢れを知らないような純白に身を包んだ彼女(花)は、言わば箱入り娘。桜という家系に生まれ、自分が何もしなくとも皆から美しいと持て囃され続けてきた彼女(花)は、どこか頭の足りない一面も持っており。未だに恋を知らぬのは、一家の大黒柱である父親(幹)が穢れを持ち込むというネズミを近付かせないようにしているのか。言い伝えによると、代々桜家では地下に幽霊が出るという話が受け継がれているそうな。

 …………あぁ、花見に行きてえなー。こんないい女(花)に囲まれながら酒盛りなんてやれた日にゃ、そのまま桜の木下に埋められようと本望ってなもんだ。

 またもや十分に、今度は至近距離から桜を満喫すると、俺はまた歩き始めた。うーむ、次はどこに行くかと思ったところで、さっき写真に撮った林を思い出す。別に行く当てがあるわけでもなし、俺の足は林へと向かった。

















 近付いてみて分かったことだが、遠くから見た時とはまた違った印象になる。遠くから見ると暗く、何かが潜んでいそうな感じがしたのだが、入り口に来ると、なんてことはない。木漏れ日が地面で踊る、なんとも空気が澄んだ所だった。

 これはこれで、夏でもないのにカブトムシとかクワガタとか、子供達がはしゃぎそうな虫がいっぱい居そうな感じがする。……この歳になると虫というのは触りたくない物の中でも上位にランクインしてしまう。昔はカマキリやトンボ、セミ、バッタなんかを素手で掴んでいたというのに。その分無駄な殺生もしていたと思うが。しかしだな、子供に命の価値を教えるという点では、完全に無駄な殺生というわけでもあるまい。

 傍に生えている木を見る。特に変わったところが無く、普段は広義的な意味でしかない“木”としてしか見てなかったそれも、















 こんな風に可愛げのあるツタで装飾されているかと思うと、急に特別な“木”に見えてくるのだから不思議なものだ。

 半袖に薄い生地のズボンで林の奥に入り込むわけにもいかず、俺は再度辺りを見渡すと、林を後にする。今度はもっと丈夫な服を着て、望遠レンズを持ち、鳥でも撮ってみたいものだな。

 林を出ると、もう日が落ち始めていた。こんなにも晴れているからこそ、遮蔽物の少ない田舎だからこそわかるのだろう。微妙な日差しの変化も、今は体で感じることが出来る。

 と、林を出たところに見慣れない物がある。













 柵に囲まれており、なにやら危なさを醸し出している。反面、そのただの棒にしか見えない見た目は、明らかに危険とは無縁な雰囲気。……触ったら駄目なのだろうか。重要なものなのだろうか。

 興味は色々と尽きないが、ここでただ突っ立っていても仕方がないので、再度歩き出す。歩き出すのはいいのだが、そろそろここら辺にも飽きてきたな。一旦ばーちゃん家周辺に戻って、そこから方向を決めるとするか。

















 うむ、全く以って清々しい日だ。
 こんな日だと、どうしてもあれなんだな――――迷うよな。ここどこだよ。林とか見ていたら、どうやら道なりに進んでいたのを外れてしまったらしい。

 さっきと同じ道だと思って戻ったは良いものの、その進んだ先、出た場所がわかりませんじゃどうしようもない。仕方なく俺は歩く。一日でこんなに歩いたのって何年ぶりだろうかなぁ……。

 それとなく歩いていると、これまたそれとなく俺はシャッターを切った。












 それとなく撮るというのも、あれだ。この幼すぎる容姿の女の子を目をぎらつかせながら撮るというのは、些か犯罪行為に近いものを感じる。……うむ、清きものなのだよ、シャッターを切るという行為は。

 なんだか色々と満足したところで、やっとこさ知っている道に出る。というか、目の前にばーちゃん家。どうやら道を一本外れていただけらしい、よかったよかった。歩きで携帯も無く見知らぬ土地で迷子とか、死亡フラグが六本くらい立っているようなもんだからな。




 ……なんだかんだで暇を潰せた俺は、何の気負いも無くばーちゃん家へ帰れたという。あれだな、自然は人の心を清らかなものにするんだな。

 その後晩飯の時間になり、親父とじーちゃんに無理やり酒を飲まされ、満更でもない俺は調子に乗って飲みまくり、酒が進めば飯も進み、やんややんやと腹を壊すまで晩餐を満喫した。


つづく

次のページ
TOPに戻る
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送