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 例えば田舎に帰った時。想像してみて欲しい、田んぼや畑が一面に広がった景色を。視界を遮るビル群や、騒音を奏でる車、人だかりはない。あるのはそよ風と強い日差し。
 そんな夏の風景。日本人であると認識できる瞬間。……そんなことはどうでもいい。
 足元に視線を移してみよう。ほら、あるだろう。世間一般的に言う“雑草”が。草花に通じる人でなければ名前すらも分からない植物。
 そりゃあタンポポやシロツメクサなんかはわかるだろう。でも、やっぱりわからない草花の方が圧倒的に多い。……別にウンチクを語る小説じゃないのは、一話を見てくれた人ならば分かってくれると思う。
 ストレス社会とまで言われる現代。たまに背けたくなる一時があるはずだ。その一時を一人の名もない主人公の視点で見てもらうのが、この作品だ。
 では、今回もある晴れた一日、そこで出会う“雑草”との出会いを語らせてもらうよ。

 

『ある晴れた小満、その一日』

 

「五月病なんですううううう!!」

 誰も居ない部屋で一人叫びたくなるほどまでに、俺は五月病を満喫している。
 しかし五月病と言っても、非常にニートライクな生活をしている俺にはあまり影響がない。あるとすれば、いつもは楽しめるエロゲーや2ch巡りがつまらなく感じるだけだ。……影響ありまくりだ。
 そりゃあ俺はストレートに言うと無職だし、ネオニートだなんていう株式を把握しきっちゃっているようなハイブリット種じゃない。言うなれば、暇つぶしこそが俺の人生。
 だがしかし、それが楽しめないとくればどうだろうか。……非常に困る。一日平均三回はしているマスターベーションも、今日に限っては一度もしていない。息子を握る動作すら面倒に感じる。擦るだなんて以ての外。
 じゃあどうする。
 二週間ほど前、家族と一緒に父方の実家へ帰ったときの事を思い出す。あの時、そう、今日に負けず劣らず暇だった日、俺はどうやって暇を潰していた。

「……そんな時は、写真撮ろうぜ!」

 ピコーンと、さながらかすみ二段を覚えたハリードの如く、俺の頭上に豆電球が出現した。ネタが分からん奴は黙ってロマサガ3やってろ。……それは置いといて。
 がさごそと気持ちがいいほど散らかった部屋を探索する。目標はデジタルカメラ。本当はディジタルとか発音するらしいのだが、そんなもん知るか。
 ――で、見つからない。どうしたことか、このまま見つからなかったら俺は今日一日寝て過ごすことになってしまう。それは人類的に許せない。とは言ったものの、物というよりはゴミで散らかっている部屋を傍観してみるあたり、さっきまであったやる気すらも失われてゆく。
 俺が思うに、世間では“はしか”が流行っているようだが、そんなアシカを連想させるような、治る病気はどうでもいい。五月病は治るのかどうかわからないのだ。……そんなものにかかってしまった俺を救う道は唯一つ。今、この場でデジタルカメラを入手すること。見つからなかったが最後、俺には更なる底辺が待っている。

「……ッ! そこか!」

 ズボッ、と無数の掛け布団が積まれたエリアに手を突っ込む。……手ごたえあり! 握ったまま手を引っこ抜くと、そこにはドラえもんばりの効果音と共にディジタルカメラの姿があった。







 いやぁ、本日も晴天なりとはよく言ったもの。こりゃあ明日も晴れだって思いたくなるな。
 愛機(自転車)を股にかけ、俺はペダルを漕ぎ出す。……思えば、ばーちゃん家の周りは行ったことのない場所が多かったけど、こっちはほとんど踏破されていると言っても過言じゃない。ならばどうするか、答えは簡単だ。行ったところのない場所へ行けばいい!
 ……なんか今、頭の悪いことを言った気がする。まあいいか。たとえばそこッ!!





 







 手馴れているとは言えないが、それなりにスムーズな動作で地面に生えていた“彼女”を撮る。
 この五月にしてはありえない24.3度という暑さの中、人々が汗をたらしながら文句を吐く、これが普通だろう。だが、彼女は逆にその強い日差しまでも自らを輝かせる材料にしてしまっている。
 大き目のタンクトップを一枚羽織るだけのその姿は、健康的過ぎていやらしさを感じさせない。時々、眩しすぎて真っすぐ見れないけど、それでもお前の傍にいていいかな……?
 それは置いといて。うむ、二週間、時間を置いても脳内擬人化能力は衰えていないことが確認できた。素晴らしい。……今日から君の名前はシロツメクサなんかじゃない、白爪草子だ。
 なんとなくやる気が出てきた俺は、すぐさま草子さんのすぐ近くに生えていた彼女にカメラを向ける。




 




 草子さんの隣ではしゃぎながら集まっている姿は、間違いなく元気な子供達。黄色い声を発しながら、この晴れた日を最大限に謳歌している。活発な子だ。
 ……なんというか、白とか黄色ってエロくないね。下着でもさ、黄色は元から、白なんて性の対象と言うよりは、いわゆるサプライズ。チラっと見えるアレでしかない。やはりここは情熱的な赤か、艶やかさ薫る黒か。……草花で黒はさすがにないな。
 一人納得すると、俺は再度愛機に跨りペダルを漕ぎ始める。
 ばーちゃん家を田舎田舎言っていたが、やっぱりこっちも田舎だということを改めて認識する。東京なんか都心の方じゃこうはいかないからな。田んぼなんか耕している暇があったら、その土地を売ってしまえ、みたいな。そう思うとこの景色も貴重なものに見えてくるから困る。
 雲一つない青空、空を遮るのは大きい木だけ。整備されていない道も探せばあるし、風化し始めているトタン屋根の小屋なんて探さなくても目に入る。いつもは気が付かないんだけどな。






 このさりげない位置に立っている木がなんとも言えないものを表現している。気がしなくもない。ごめん、言ってみただけ。……と、それなりの距離を漕いだ頃。俺はどうやら、高速道路の傍まで来ていたようだった。
 高速道路。あぁ、懐かしいな。小学校の頃、その歳にしちゃ結構な“遠出”。高速道路まで来た時に見つけたエロ本。雨でふやけたそれは見るに耐えない物だったが、それでも未知の領域。変に興奮してしまった記憶がある。……内容は二次元、いわゆるコミック。思えば、その時に俺の二次好きは決まっていたのかもしれない。全然美しくない思い出だな。
 根拠は無いけど納得してしまった自分に悔しくなり、なんとなく目の前を撮る。





 これさ、昼間だからいいものの、夜に来たら雰囲気出まくりだろうな。高速道路だし、なんかお呼びでない邪なエクトプラズム達が住んでいそうだ。今度から近寄らないでおこう。
 そそくさとその場を離れようとした時、不意に甲高い鳴き声が聞こえた。……昔は自宅の周りにも来ていた奴、えーっと、そう。キジだ。あの特徴的な鳴き声は忘れようと思ってもそうそう忘れられないぜ。
 どうやら居間鳴いていたキジは相当お馬鹿なようで、俺が近くに寄っても逃げない。コイツは大自然の最中を勝ち抜いてきた猛者ではないのか。だからこそ成長しきって、繁殖期を迎えようとしているのではないのか。……ふっ、キジも鳴かねば撮られまいて!





 ……む? デジカメに設けられた確認用の小さいディスプレイ。今撮ったものを見ると、うむ、間違いない。視線を上に戻すと、俺の目の前にはキジがもう一匹増えていた。雄雌のつがい……くそっ! やっぱり繁殖かよ!
 気を紛らわせようとして撮った鳥なのに、その鳥ですら俺の目の前で繁殖行為をしていると思うと、無性に腹立たしくなってくる。
 待て、逆転の発想だ。まだ腹立たしく思えるだけマシ、そう考えるんだ。……そうだな、完全に開き直ってしまえば、それこそ新人類の誕生だ。旧人類では到底及ぶことのない境地へ旅立ってしまう。
 そうと来れば、俺はいつも通り暇を潰そう。よっぽどのことがない限り、俺は俺のままだ。――さりげなく撮るッ!






 何を撮りたかったかというと、蜂なんだ。……ほら、虫とかの接写ってミクロな世界のはずなのにマクロな感じがするじゃん。憧れるじゃん。このデジカメじゃ限界があったようだが。

(――フヒヒッ、今日も蜜を採りに来ましたよっほっほいwwwwwww)
(あっ、らめぇっ、そんな所舐めちゃ)
(ふひょ! いい蜜wwwwwwwどんどん採って足に蜜球作っちゃうwwwwwwwww)

 この状況を見ているだけでこれだ。全く以って素晴らしいとしか言いようがない。……俺も採蜜したい。
 なんて変質者地味たことを考えていると、目の前にこの田舎っぽい風景に似つかわしくない建築物が姿を現した。




 しあわせの科学とか創価学会とかそこらへんの臭いがプンプンしやがる。大体なんだあの屋根は、かっこよすぎて悔しいぞ。……だが、やはりこの風景には邪魔だな。
 俺のような無職童貞がこんなインフラっぽい建物に難癖つけれるかと聞かれれば、もちろんNOなんだが。でもさ、それってちょっと違うよな。人間には等しく発言権を与えるべきだよな。
 ……と言うのが負け組の言い分だと父親に何度も言われている俺には、これ以上ここに居ることが出来なかった。








 こんな色の花を咲かせている雑草は初めて見た。……これタンポポ? 違うよな。でも綿毛が付いてる。謎過ぎるけど、これは。
 無個性に染まる現代、人はどんなに飾り立てようと唯一になることは不可能。しかし、ここに一輪の花が咲いている。他の者とは一線を画す輝きを放っている彼女こそが、絶対唯一。その底なしの笑顔は見る者に安寧をもたらし、魅了する。……そんな彼女に釣り合う者が居るのだろうか、それは彼女を見た誰もが思うこと。しかし、彼女が選んだ男は予想に反して極普通の、ありふれた容姿をした者だった。“こんなギャランドゥな男でいいの?”、彼女の知り合いは言う。対して彼女は、“みんながあたしのことをどう思っているか分からないけれど、あたしとしては自分自身も極普通の女の子だって思っているよ”、と。そんなことを言いながら、彼女は優しそうに微笑む彼の傍で寄り添うように立っていた。
 なるほど、この綿毛野郎が彼氏だったのか。……その、悪く言えばこれは俺の妄想なんだが、その妄想に納得する俺ってどうなんだろうか。しかも、この目の前で咲いている綿毛野郎でさえ彼女持ちと来た。なんだい、今日という日は俺の敵か。現実という現実が俺に対して優越感か。自然ですら俺に対して“ざまぁwwwwwww”とか思っているんだ、なんて被害妄想までしてしまう始末。
 待て待て、写真を撮るというのは暇つぶしであって、決して俺のマゾスティックな部分を刺激する行為ではない。聞こえは悪いが、ここは現実逃避といこうじゃないか。






 ほら見ろよ! こんな日本風味な田舎景色に南国っぽい木が生えてるぞ! こいつぁすげぇや!!
 俺が自転車に乗りペダルを漕いでいると、前方に人影が見えた。いつもならば意識の内にも入らない、今まで幾度もあった光景。しかし、その人影がいつもとは違う、異様なオーラを放っていた。それというのも彼女、裸同然の格好をしている。同然と言うのは、そう、腰と胸周りに南国っぽい葉を巻きつけているだけなのだ。こんな田んぼに囲まれた場所じゃ露出癖があっても満たされないだろうに。と、彼女が露出癖を持っていること前提でものを考えていた俺を他所に、彼女は俺の隣を素通りして行った。……彼女はなんだったのだろうか。今ではその真相は分からないが、これが眼福であることは間違いなかった。
 うむ、一通りバカなことを考えたらなんだか気楽になってきたな。そうだ、世界は俺を嫌ってなんかいない。見ろよ、この青い空を。





 雲一つない。まるで俺の澄み切ったハートのようだ。……そう考えると現実も悪くはない。むしろ楽しい。でもよく考えたら、この考え方って四月に出てくる浮かれきった変態みたいだな。……置いとこう。
 よし、この調子で撮りまくろうと意気込んだところで、ぐー、と俺の腹が鳴った。そうだな、よく考えたら外に出たのは午前中。朝飯すら食べていなかった。――帰るか。
 急にあらぬ方向から現実に引き戻された俺は、自宅への道を進むのであった。















 家に戻ってきた俺は、玄関で寝ていた猫を無意識に撮ってしまった。いや、別に悪いことじゃないと思う。フラッシュにびっくりしたのか、コイツは起きちゃったけど。……と、その起きた猫がすたすたと居間に向かっていく。俺も二階に上がるためには居間を通らなければならないので、結果としてそれを追う形になっているのだが。で、その猫が俺の目の前でメスの子と口にするのも憚られる……そう、コイツまでもが俺の目の前で腰を振っていた。それはもう嫌がるメス猫を無理やりやっちゃっていた。



 自室に戻って一息。なんなんだろうな、このやるせなさは。……あぁ、自分じゃわかっているさ。そうだ、そうだとも。俺は考えちゃいけないことだけど、やはり、一つの考えに行き着いていたのだ。

「彼女欲しい」

 一人自室で呟いたその一言は、深く俺の胸を抉った。



つづく

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