みなさんはどうするだろうか、今生きている世界が虚構だとしたら。……ある男は言う、この世は蝶が見ている夢なのだと。ある学者は言う、この世界は不安定の上に立っていると。そして彼、武田智和は知った。自らが消えるまでの道のりを。
 個人は小さな歯車に例えれる。無数の小さな歯車が、大きな歯車に撒き込まれ回ってゆく。それは運命と呼べるものなのかもしれない。
 ……さぁ、一つの機構が終わりを迎えた。次なる歯車はどのような結果をもたらすのか、それはまだ誰も知らない。


『2nd』

 

 

「うーん……そうしたいのは山々なんだけど、ちょっと用事が出来ちゃった。というわけで、今日は帰る!」
「あ……」
 有無を言わさず言いたいことだけ喋ると、三島は風のように目の前から姿を消した。……最近思う。三島ってこんな破天荒なキャラだったっけ、と。
 しっかし、裁縫部を作るだけならこれでもう障害は無いというか、この期に及んでなにをするというのか。俺は常人並の思考をしているんだろう、じゃなければ三島の行動を理解できないという説明がつかない。
 勝手に三島を変人扱いしたところで、何かが満足した。心置きなく学校に別れを告げ、家に帰れるというもの。そう、教室の扉に背を向けた時、その扉が急に開いた。
「……武田、智和」
「おわ、杉林さん。……呼び止めてくれるのは嬉しいんだけど、その、フルネームで呼ぶのはどうかと思う」
 いざ参らんとした所で、杉林に呼び止められた。裁縫部のことで聞きたいことでもあるのだろうか。とりあえず一番の疑問を返事に含めつつ、振り返る。
「――インポートされるには早すぎる。自動プラグラム……の線は薄い。ならば、私がしくじったのか」
「その、杉林さん? 大丈夫?」
「…………」
 俺の大丈夫というのは、あれだ、頭の具合は大丈夫ですかというニュアンスを含んでいるのだが、それを杉林さんが知るはずもなく。……というか、いきなりなんなんだ? もしかしてこんな電波キャラだったのか、彼女は。
「失敗したのならば、もう一度繰り返すまで。……武田智和、貴方を――」
「――そこにおわすは武田ではないか。こんな時間まで何をしているのだ。……む」
「おや、誰かと思えば急用があると言って逃げた本堂じゃないか。今更なんのようだ」
 杉林が何かを言いかけたところで、本堂が空気を読まずに話しかけてきやがった。コイツ、その面下げて今更俺の前に出てきたんだ。お前さえ居れば俺は早々に帰って家でごろごろ出来たのに、という本音はもちろん漏らさない。
「……じゃあね、武田君。“またあした”」
「あ、あぁ」
 何かを言いかけていた杉林は、何を思ったのか俺に別れの挨拶を告げた。まるで何もなかったかのように、背を向けて階段の下へと消えてゆく。
 どうにも、何を考えてるのかわらないと言うか。不思議キャラとでも言うのか? なんにせよ、俺の勘が係わり合いになるとろくなことがないと警告している。……うむ、なんで俺の周りにはまともな奴が居ないんだろうな。
「これも何かの縁、帰りを共にするか」
 然り、コイツもまともじゃないのは身を以って知っている。……それでも俺に関わってくる数少ない奴の一人であり。
「おう」
 なにを迷うことがある。俺は快く了承した。


 夏だからだろう。商店街に設置された時計を見れば夕方、5時半。それでも空はいまだ青く、いつもと変わらず一筋の飛行機雲が空を別つ。
 そんな空の下、俺と本堂は二人して家路に着いていた。以前わかったことなのだが、意外にも俺と本堂の家は近い。どこに住んでいるのかと聞いてみれば、そこは近所でも大きいと有名な本堂寺。寺の息子だというのだから驚きだ。
 その寺息子がまさか一部の女子が喜びそうな性癖を隠しているなんて、誰が思おうか。そう、俺が主観的にコイツを変人足らしめている理由は、そこにある。それというのもこの本堂という男、ホモセクシュアルの気があるのだ。思いを寄せる相手は佐藤啓太。奇しくも俺が通う学校で唯一、昔からの縁がある奴。
「そうか、もう一週間か」
 本堂にボコボコにされてから七日、なんとも、現実は小説よりも奇なりってか。よくもまぁ、本堂もここまで態度が丸くなったもんだ。
「一週間……なるほど、貴様と付き合いを持ち始めてから、既に七日も経っていたとは」
「随分とまぁ、いい子ちゃんになったもんだな。俺が口を開くたびに殴られたことがまるで夢のようだ」
「言うな。今では反省しているのだ、あの件については。……何分、自分の秘密が他人に知られたのはあれが初めてだったものでな」
 そう言いながら、ずれた眼鏡を直す本堂。その顔は羞恥心によってなのか、少し赤らんでいた。……男に赤面されると、なんともやるせない気分になるんだな。色んな意味で、本堂に対しての言葉は選ぶことにしよう。そうしよう。
「なるほど。しっかし、それにしちゃ最近は大人しいんだな。普通は知られたくない秘密を他人に知られたら、口封じなり何なりするもんじゃないのか?」
「口封じ、か。以前の俺ならば、そのようなことをしたのかもしれんな……」
 おかしなことを言う。自分を過去形で表すのは、つまり、変わったということなのだろうか? ……うーむ、変わった様子は見られない。見た目はもちろん、口調もいつもの本堂そのままだ。
「じゃあ今のお前は、前とは違うと?」
 当然といえば当然、一日経てばそれは違うと言うことも出来るような質問。そんなふざけた質問でも本堂には思うところがあったようで、なにやら真剣な表情になってしまった。
「そうなのかもしれんな。……武田、人間というのは考え方や価値観が一日で変わるような生き物だと思うか?」
「難しい切り替えしだな、おい。……程度にもよるだろうけど、根本的な部分がそう簡単に変わるってことはないんじゃねーのか?」
 疑問に対しての疑問。仕方がない、それほどまでに本堂の質問は難しかった。当たり前のことを聞いているようなんだけど、その表情は真剣。笑いながらちゃかすような空気ではなかったため、こちらも普通に答える。とは言っても、当たり前のことを言っただけなんだが。
「……うむ、そうだな。すまない、変なことを聞いてしまった。今の質問は忘れてくれるとありがたい」
「まぁ、お前がそう言うなら」
 なんとも言えない空気。どうしたものかと考えている内に、目の前には突き当たり。俗に言うT字路。……どうやら話し込んでいるうちに、こんなところまで来ていたらしい。
「む、どうやらここまでのようだな。それでは武田、また明日、学校で合間見えよう」
「合間見えるとか、正直日本語としておかしいだろ……常識的に考えて……。まぁ、戦うかは置いといて。またな」
 お互い挨拶を交わし、道を別つ。本堂は右へ、俺は左へ。
 時間は確認できないけど、空が赤く染まりかけている。六時が過ぎたあたりだろうか。……家まで残り少ない距離を歩きながら、考える。そう、夕方から感じているこの、なんて言えばいいのかわからない感じ。
 虚無感とでも言うんだろうか。ありきたりな表現だけど、胸にぽっかりと穴が開いたような。何かを忘れているのか……思い出そうとしても、忘れているのだから思い出せるはずもなく。なんとも気持ちの悪い、もやもやした感じに苛みながら、自宅に着いてしまった。


 ――――ブブブブブブブブ
 深夜、武田智和の部屋にて。虫も寝静まる丑の刻、普段鳴ることのない携帯が振動していた。鳴ることがないのにマナーモード、これ如何に。……いくら振動音と言っても、鳴り続ければ睡眠を妨害出来よう。武田智和が何事かと目を覚まし、音の発生源を暗い部屋の中で探す。電気を点けたほうが明らかに効率はいいのだが、やはり起き抜け、そこまで頭が回らないらしい。
 と、ようやく発生源――携帯を見つけて武田智和は驚いた。それもそのはず、少なくともここ一年は使った覚えのない携帯が着信を受けていたからだ。……海外に行っている両親からは、言わずとも自宅に連絡が来る。わざわざ携帯を使う必要がない。かと言って自分から使うかと言われれば、答えはNO。武田智和には携帯を行使するほど仲のいい相手はいなかった。
 いなかった、いわゆる過去形。今では少なくとも一人。客観的に見れば三人は友達といえる者が居る。そこまで考えて武田智和は、未だに鳴り続ける携帯の液晶、非通知と表示されたそれに目を向ける。こんな時間に出る道理はないと思いつつも、その指は“通話”ボタンを押していた。
「……もしも、けほっ、こほん。もしもし?」
 起きたばかりだからか、声が上手く出なかったらしい。一度咳き込んで、改めて話す。
「た、武田なのか!?」
「……誰っすか」
 そんな武田智和に対し、スピーカーの向こうから聞こえてくる声は妙に焦ったような、何かを急ぐような口調。
 ここで話を折るが、現実の声と電話の声は違う。長年慣れ親しんだ間柄でも、初めて電話で会話した時、最初は相手が分からないというケースは多く見られるらしい。
「本堂だ! この阿呆、こんな状況でよくもそんな寝惚けたことを言っていられる!」
 然り、相手は本堂恵であった。武田智和は相手が知人だったことで強めていた警戒を解く。それもそうだろう、夜中にかかってくる電話というのは、出るだけで金を請求されるという詐欺も横行しているのだ。他、まともな相手であっても、その用件はまともではないことが多い。……と、武田智和は再び警戒する。ここで油断してはならない、まだ用件を聞いていなかったことを思い出したのだ。
「や、こんな状況といわれても、ほら、夜中の二時……ひでぇ、こんな時間に電話なんて非常識すぎる」
「そんなことはどうでもいい! それよりも、どうやら貴様のほうに変わりはないようだな」
「変わりがないというか、今さっきまで寝てた。それをお前が起こした。これはごめんなさいしなきゃいけないよね」
 武田智和の受け応えに、本堂恵が舌打ちする。自分が感じている危機感が上手く相手に伝わっていないとわかったのか、本堂恵は一呼吸置いて武田智和に話し始めた。
「いいか武田、落ち着いて聞いて欲しい。先程までパニック状態だったこの俺が言うのもなんだが、とにかく落ち着いて聞いて欲しい」
「あ、あぁ。……なに?」
「――――佐藤が、消えた」
 その一言、その一言で武田智和は妙な感覚に襲われた。昨日からの靄が晴れるようで、晴れないような。そう、確かに武田智和はその“消えた”という言葉に何かを感じていた。
「まだ信じられないんだよ、目の前で佐藤が……う、消えてしまったんだ……いや、消された、のか……あの女、そうだ、杉林。あの女だ……!」
 杉林心、消えたのではない、“消された”。突如、武田智和の脳裏にある場面が映し出される。忘れるわけがない、俺も同じものを見たはずだ。三島が、夕焼けの下で徐々に消えてゆくところを。
 思い出した、武田智和は今になって全てを思い出す。三島早紀が消えた事実、その原因を考えた夜、翌日の不可解な出来事、杉林心……そして。
(じゃあ、なんで俺はここにいるんだ)
 記憶にある最後の場面、そう、三島早紀と同じように消えてゆく自分。……武田智和は、全てを思い出した。


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