近未来SF物語っぽい世界観


 今この世界は、一つの病に侵されていた。国、人種、年、性別……それらは一切関係なく、唐突に罹る。――境界破綻症候群。人々はそれをそう呼んだ。
 何時どの様にして発生したかは不明。ただ漠然と、まるで最初から“そこ”にあったかのように、それは世界を覆った。発見からほぼ全世界への感染まで、僅か七日間。それはどんな細菌よりも、どんなウィルスよりも素早く、人類の“頭”に潜り込み、人々を発症させた。
 そう、これは精神性の病である。肉体的にはなんら別状は無く、精密検査をしようと、その病の影すら見つからない。……だが、確実にその病は存在している。我々の頭に、脳内に、心に、その根を深く伸ばし続けている。
 罹った者は先ず第一段階として、会話に統一性が無くなる。これはまだ良い方である、普通の生活が出来る分。第二段階、挙動不審。話している内容は一般人に理解できず、行動は会話と同じように統一性が無い。日々の生活は破綻し、まるで生後間もない赤ん坊のように、意思疎通が出来なくなる。……最終段階、末期とも言われる最後の症状は、行動停止。文字通り、何もしない。何もしないとはそのままの意味であり、末期に陥った患者は食事どころか排泄、睡眠などの生きるに於いて重要な欲求さえも実行しなくなるのだ。……結果、死が訪れる。
 世界は絶望した。突然おかしくなる人々の中には当然政治、重要施設等に関わる者もいたからだ。
 人類の半数以上が発症し、統率を失い、何もせず死んでゆく人々。……そんな中、一つの解決案が提示された。まずこの解決案を説明するにあたって、境界破綻症候群を知らなくてはならない。前述したのは飽くまで症状であり、実際患ったことで何が起きているのかを説明していない。
 この病を一言で表すと、“価値観の崩壊”だ。倫理観でもいい。とにかく、個人が感じる主観的な価値・意味が崩壊、結果行動に破綻を来してしまう。
 わかりやすく説明する。これは一つの例だが、善と悪が存在するのは言うまでもないだろう。社会的倫理観を説明する際、この二つを口頭に持ってくることも多い。……だがもし、その善と悪の境界が無くなってしまったらどうなるのだろうか。会話内容には多くの矛盾が見られ、煮え切らない話し方。自ら結論を出すことはまず無くなってしまう……第一段階。
 机上の空論、学者の議論で済むならば可愛いものだ。現実に起こってしまったのだから。
 人を殴っては駄目、これは社会に出ることでの常識だ。それが常識だとわからない、だから衝動的にやってしまう。理性・常識・倫理というブレーキが完全に無くなってしまう。……二元化されたものの境界が無くなってしまった以上、患者が感情的になることはほとんどない。しかし、ある一定以上の情報量に晒されると暴走、つまりは行動が破綻してしまう……第二段階。
 それら一連の行動をした後、まるで電池が切れるかのように全く動かなくなる。だからと言って心停止したわけでもない。ただ、何もしない。傍から見れば単に無気力に見えるそれは、明らかな生の放棄。調べると、脳が命令となる電気信号を出していないのだ。感情、価値観、決断、命令、自発的行動、能動的行動、それらを全て放棄した人間は、最低限各臓器が活動するだけの肉の塊とも言える。末期。
 そこまでわかっていながら、原因はわからずじまい。なんといっても相手は実体が無く、患者はコミュニケーションが不可能。稀に会話できるレベルの患者を見つけては、話し合うことで何らかの糸口を見つける。
 ……原因となる説で有力な候補が一つが、受動的人類における自然発生。
 簡潔にまとめると、こうだ。

 ……近年、人類は受動的に行動してきた。周囲の状況がこうだからと、自分の意思とは関係無しに行動している。やれと言われればやり、やるなと言われればやらない。社会でこれは当たり前の図となり、格差社会に於けるピラミッドは拡大を続けていた。ピラミッドの下部に位置する人々は極少数を除いて命令される側に落ち着いてしまった。感情は反復作業で押し潰され、価値観は規律で蔑ろにされ、思考は現実を目の前にして停止する。その様な人々が世界に溢れていた(この時点で眉唾物だけど、また続く)。
 さて、何事も程々にと言うが、それは全てにおいて言えることだ。増えすぎた人類は地球を殺し、増えすぎた動物は自らを死に至らしめ、増えすぎたガン細胞は人を殺す。……人として曖昧模糊、それらが増えすぎた結果、人に予め植え付けられた本能なのか、はたまたそれだけを対象にした新種の病なのか、果ては神の思し召しかもしれない。人それを自然発生といい、とにかく人類は発症した。この境界破綻症候群に。

 と、自らも発症した学者が記したとされている。非常に興味深い内容ではあるのだが、結局の所原因はわからないという。……原因はさて置いて、解決案の話に戻ろうか。
 前述のような事実を元に、人類はこの病に対する救済策を用意できなかった。そう、これは救済案ではない。解決案、つまりは問題をなくすということだ。
 能動的に動けなくなった人間に、指令を送る。これが解決案。シンプル且つ絶大な効果を発揮するそれ、全世界の同意を得るのにそう時間はかからなかった。……人工知能、AI、良心的な解決案。リアルタイムで空中に散布されたナノマシンに命令を送るそれ。空気中に漂うナノマシンを体内に取り込むことで、人類は再び動き始めた。偽りの行動原理を得て。
 
 かくして、人類は衰退し滅亡するかのように思えたが、繁栄を止めることは無かったという。

                                               〜境界破綻症候群について、ある学者が遺した手記より〜

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