「コードギアス的非日常生活の考察」

 

 とある県、とある市、とある学校。ごくありふれた日常風景に、その“非常識”は舞い降りた……。
「で、あるからしてぇ、x=2と、なるわけだ。そこでぇ、ここの問題をぉ……乱部(らんべ)、貴様が、解いてみろ」
「ふん、くだらんな」
 ざわ……ざわ……。普段は目立たない乱部縷々助(らんべるるすけ)が、何をとち狂ったのか先生に反抗の意を示している!
 クラスの生徒は恐怖した。今教壇に立っている人物こそが、この学校で一番恐れられている教師、その名も若本皇帝(わかもとこうてい)。その名をフルネームで口に出せばたちまちふざけた生徒は髪を七三分けにして態度を慎み、容姿が乱れている生徒はその金髪をどこからとりだしたのかバリカンで全て刈ってしまい、そう、平たく言えばこの学校における恐怖の象徴と言えた。
 その若本先生に対して、縷々太が反逆している……ッ! 愚かな奴だと思うと同時に、ある種の尊敬の念をクラスの生徒達は確かに感じていた。
「止めろよ縷々、さすがに相手を選んで!」
 慌てて止めようとする男子生徒、駆出門太(かるでもんた)。縷々助の友人である。その制止にも耳を傾けず、縷々助は続ける。
「先生! ……犬が身罷りました」
「だから、どうした」
 ざわ……! ざわ……!
 いきなり何を言い出すんだ、縷々助の奴は。一同が同じ事を思う。犬がみまかる? 死んだ? ……授業の進行を止めてまで先生に言うことなのか?
「だから?」
「そんなことを言うためにお前はぁ、貴重な時間である授業を止めたのか。次の者、答えを。子供をあやしてる暇はない」
 全く以ってその通りであると、皆が思う。確かに若本先生の恐怖政治じみた授業は後味のいいものではないけど、それでも理に適った授業方針であることは間違いない。これを妨害してどちらが悪いかと聞かれれば、それは縷々助以外にありえないだろう。
 ちなみに次の者、つまり席順だと縷々助の後ろに位置する枢木朱雀(くるるぎすざく)が当てられたことになる。それをクラスの空気で察したのか、先ほどまで窓の外を眺めていた朱雀は慌てて答える。ちなみに朱雀も縷々助の友達である。
「は、はい! えっと、その……」
「先生! 何故犬を守らなかったんですか! 先生ですよね、この学校で一番恐いんですよね、だったら守れたはずです! ナナリーの所にも顔を出すくらいは!」
 ざわ……!! ざわ……!! 
 答えかねている朱雀をいいことに、またもや縷々助が若本先生に突っかかりやがった! クラスの生徒達は騒然。朱雀はこの騒ぎをいいことに、席に座った。ちなみにナナリーとは犬の名前である。
「弱者に用はない」
「弱者?」
「それが、犬というものだ」
「なら僕は……通信簿なんていりません! あなたの授業を受けるのも、答え当てに巻き込まれるのも、もうたくさんです!」
 無茶苦茶すぎる……! 気が狂ってるとしか思えない……!
 生徒達は、生まれて初めて経験するクラス全体の意見の一致というものに戸惑っている。コイツは一体何がしたいんだ。そろそろ授業が終わってしまう。縷々助の短い人生も終わってしまう。
「死んでおる。お前は、生まれたときから死んでおるのだ。身にまとったその服は誰が与えた。家も食事も、命すらも! 全てわしが与えたもの! つまり! お前は生きたことは一度もないのだ! 然るに、何たる愚かしさ!」
「ひぃい!?」
 勢いよく教壇を叩いた若本先生に恐怖を感じたのか、縷々助は腰を抜かしてしまったらしい。見ればなんともみすぼらしく、歯をガチガチ言わせながら床にぺたんと尻餅をついている。ちなみに若本先生は、苗字が違うのにどうしてこうして、縷々助の父親なのだ!
「縷々助、死んでおるお前に授業を受ける権利などない。朱雀と共に廊下へ出ろ。馬鹿と阿呆なら、いい見せしめだ」
「僕が、廊下に? ……わかりました。――枢木朱雀、発進します」
 な、何を発進させるつもりだッ! クラス全員の無言の突っ込みをものともせず、朱雀は変なポーズをしたかと思うと、まるでローラーブレードをつけているような滑らかな動きで廊下に出て行った。縷々助があれで、朱雀がこれ。類は友を呼ぶという言葉が身近な人物に実際に使われようとは、今朝この学校に来た段階で誰が思っただろうか。
「――わたしはゼロ」
 な、なんか出たーッ! 仮面被ってマントを翻した変な奴ーッ!
「なっ、何者でしょう、この人物は! 自らをゼロと名乗り、教壇の前に立ちはだかっています!」
 音もなく、しかし唐突にマイクを持った男子生徒が叫びだす。
「な、なんだよこれ……」
 門太も驚きを隠せないようだ。しかし、それはクラスにいる生徒も同じこと、先ほどからの展開に頭がついていってない様子。
「あいつ! どうするつもりだ!」
 ちょい悪で決めている玉城真一郎(たまぎしんいちろう)も、これにはさすがに黙っていられない。変な騒ぎを起こすと、このクラスが目をつけられる。目をつけられたら校則違反すれすれの自分が危うくなる。……自分本位ながらも、この空間では至極真っ当な思考といえる。
「あ……」
 教室の扉を少し開けて中を見守る人物。その名も朱雀、勢いよく飛び出していった彼も開口するしかないようだ。
「ゼロと名乗る人物は、何者なのでしょうか!」
 司会者然とした男子生徒は一人盛り上がる。とにか盛り上げる。さながらそれが生き甲斐だと言わんばかりに、とにかく叫ぶ。
「ゼロ、無ということか」
 一見冷静なことを言っているようで、実はこの混沌に飲まれているクールな男子生徒。その老け顔からいつも「だぶりですか?」と聞かれている様は哀愁を誘う(生徒会調べによる個人情報より抜擢)。
「生徒なのでしょうか! しかし、だとすればあまりに愚かな行為です!」
「生徒、なのか」
 もはや覗き見していることを隠そうともしないこの人物。その名も朱雀、どうやら謎の仮面男について考えがあるようだ。
「朱雀、借りは返すぞ」
 ざわ……っ! ざわ……っ!
 仮面の男が口を開いた。 やはり類は、友を呼ぶ……! 先ほどの思考と現状がつながり、生徒達はある種のアハ体験をしているようだ。
 ――ガラッ!
 そんな変態仮面男にクラスの意識が集中している中、教室の扉が勢いよく開けられる。傍にいた朱雀は素早く“僕じゃない、僕じゃない!”と必死にジェスチャーしている。
「もういいだろうゼロ! 君のショータイムは御仕舞いだ!」
 またなんか来たーッ! 制服から見て上級生だーッ!! もう手に負えねぇーッ!
 果敢に飛び出したは彼らの上級生に当たる、名をジェレミア・ゴットハルト。今年編入してきた帰国子女である。男でも帰国子女なのである。
「さァ、まずはその仮面を外してもらおうか」
 あたかもさっきまでの状況を見ていたかのごとく、今クラスの全員が望むことを口にするジェレミア。さりげなく空気を読んでいる。ゼロはというと、その仮面に手を添え……
 ――パチーン!
 と思いきやいきなり指を鳴らした! 何故かそれに合わせて崩壊する教壇。その中からは!
「なにィ……」
「ジェレミア! あれは!」
 なんだ、いたんですか。とまで言われるくらいに存在が確認されていなかった彼女。ヴィレッタ・ヌゥ、ジェレミアと同じ学校から編入してきた帰国子女である。女の子だからやっぱり帰国子女なのである。
(そうだよジェレミア……中身を見ていないお前にとっては、こいつはテストの答案が詰まったカプセル)
「違う、それはッ! はぐぅっ!」
 何かを言い出そうとしたのだろう朱雀は、他の生徒の気に止められる間もなく気を失った。何者かが手刀をぶちかましたと思われるが、走り際に見えたピンク色の髪以外に手がかりはない。
「教壇の前の皆さん、見えますでしょうか! 何らかの機械と思われますが、目的は不明です! 生徒と思われる人物の声明を待ちますので、しばらくお待ちください!」
 勝手に盛り上がる司会者兼男子生徒。現在進行形で盛り下がる、クラスの生徒達。だってそうだろう、見るからに爆弾の形してるじゃん。ぶっちゃけありえないだろ……常識的に考えて……。生徒達は思う。あの平穏だった日々はどこへいってしまったのだろう。
「こ、コイツぅ……ここに居る学校の生徒をまるごと人質にとったな……それも、人質に気付かせないまま!」
 気付いてる、気付いてるよ先輩! 俺ら命の危険感じてるよ! 切に伝わることを願う生徒達。
 続いて、ボクシングでいうところのヒットマンスタイルに構えるジェレミア。どう見ても殴る気満々である。
「殴ってみるか。わかるはずだ、お前なら」
「……わかった、要求はァ」
 わかったとか言っている割に凄まじい怒気を放つジェレミア。僕らのジェレミア!
「交換だ。こいつと枢木朱雀を」
 えっ、朱雀? クラスの全員が廊下と教室を阻める扉を凝視する。いつからだっただろうか、そういえば朱雀はどこへ行ったんだ。さっきまで扉のところに居たようで、ピンクの悪魔に襲われていたようで、その直後さらわれていたような。
「笑止ッ! あの男は授業の流れを妨害した大逆の徒、引き渡せるわけがない!」
 お前がさらったのかよ! 既に無言の突っ込みはクラスの生徒が出来る唯一の、この不条理に対する抵抗と言えた。
「違うな、間違っているぞジェレミア。犯人はそいつじゃあない。――授業を妨害したのは……この私だッ!」
 縷々助ぇーーーーーッ!! やっぱりお前だったのかよ!! 微妙にカメラ目線な仮面の角度がうぜぇーーーーーっ!!
「な、なんということでしょう! ゼロと名乗る仮面の男が、いやぁ性別はわかりませんが、ともかく自ら真犯人を名乗り出ました! で、では今捕まっている枢木朱雀はどうなるのでしょう!」
 それでも煽ることをやめない司会者兼男子生徒。司会者、お前は光だ。お前は光だ、 時々、 眩しすぎて真っすぐ見れないけど、 それでもお前の傍にいていいかな?
「生徒一匹で、尊いクラスの生徒全員が大勢救えるんだ。悪くない取引だと思うがな」
「こやつは狂っている! 教壇を偽装し愚弄した罪、贖うがいい!」
 ヒュンヒュンとリズムを取るジェレミアの腕の速度があがってゆく。ジェレミアのいかりのボルテージも上がってゆく……!
「――いいのか、公表するぞ。オレンジを」
「んぅ?」
 お、オレンジってなんなんだ。みかんか? ちっげーよオレンジだよ。だからオレンジってなんだよ。この状況でオレンジはないだろ、常識的に考えて……。クラスの反応はまちまちである。
「私が廊下に出たら公開されるようになっている。そうされたくなかったら――」
 カシャっという音と共に、仮面の一部が開ける。そこには……。
「――私を、全力で見逃せ。朱雀もだ!」
 チュイーン、チュワァァァン、カシィン 変な効果音と共に、仮面は再び閉じてしまった。
「……ふん、わかった。朱雀をくれてやれ」
 その言葉が合図だったかのように、掃除用具箱から朱雀が転がり出てきた。なんともいやな気分にさせる臭いが教室中を包み込み、その発生源を見ればそこには、紛うことなき朱雀の姿が確認された。
「ジェレミア! 今なんと!」
 あれ、まだいたんだと思わせるほどまでに何もしていないかのように見えたヴィレッタ。そのジェレミアに向けた視線は疑心に満ちている。言われた瞬間自分が掃除用具箱の戸を開けたにもかかわらず。
「その男をくれてやれ!」
「はぁ?」
 そう言いながらもヴィレッタは朱雀の拘束を解いている。まるで言動と行動が一致していない。
「くれてやれ! 誰も手を出すな!」
 そんなことを言わなくても、今や悪臭の元である朱雀に手を出すものなど存在するわけもなく。ヴィレッタはあからさまに顔をしかめながら拘束を解き終わった。朱雀は体育座りをしながら泣いているようだ。
「な、そんな計画は!!」
 ざわ……! ざわ……!
 声の元を追っていくと、窓の外。そこにはロープで吊るされた男子生徒の姿。彼も上級生となる名をキューエルという。ジェレミア・ヴィレッタに次ぐ帰国子女三連星に名を連ねる人物である。もはや誰もつっこむまい。
「キューエル! これは命令だ!」
 ゼロが朱雀の元へと歩み寄る。仮面をしているおかげで臭いによる被害がないのか、その足取りに躊躇いは見られない。
「くっ、ここで逃がしたら私達は!」
 自分で逃がしておいて何を言う、皆まで言うまい、彼女こそヴィレッタ。それでこそ帰国子女三連星。……本人は割りと真剣に、ゼロへ組みかかろうとしている。
 ――ガシィ!
「じぇ、ジェレミア!? どうして!」
「言ったはずだ、手を出すなと!!」
 組みかかるその瞬間、ジェレミアのフリッカーが唸る。女にも容赦なく繰り出されるそのチョッピングライトに、僕達私達はもう何も言うことがありません。
 と、そんなこんなでジェレミアとヴィレッタがやり合っているうちに、ゼロは朱雀を抱えると開いたままになっている窓の方へ走ってゆき。
「な、飛び降りた!?」
 現在進行形で屋上からロープで釣り下がっている人間が、そんなことを口走る。それでこそ帰国子女三連星。僕らの帰国子女三連星!
 ゼロは飛び降りた。着地した。一階だから。難なく走り去ろうとする。
「愚か者め! 学校のど真ん中でェ!」
 今現在もロープに釣られているキューエルが、何かを言っている。とりあえず懐に忍ばせてある違法改造エアガンを取り出す。照準はもちろん、ゼロの頭部……ッ!
「キューエル!」
 ガシャァァン!
 開いてある箇所があるというのに、わざわざ体を張って窓を割り外に飛び出すジェレミア。
「私の命令に従えないのか! これ以上の行為は処罰の対象となる! いいな、全生徒に徹底させろ。――全力を挙げて奴らを見逃すんだァ!!」





 かくして、僕達私達の学校に再び、平和が訪れた。朱雀は無罪放免となり、縷々助も正体はバレバレゆかいだったはずなのに無罪放免となった。若本先生は普段どおり、何を考えているのか全くわからない表情をしていたという。余談だが、彼の自宅からは時折凄まじい雄たけびが聞こえるとか何とか。
 ……そこで残ることが、二つの疑問。
 一つは何故ジェレミアがゼロの指示に従ったかということ。二つ目は、オレンジ。
 一つ目はジェレミアが尋問されていたときに少しだけもらしたようだ。「本当におぼえていないんだ! 私は!」という弁解。ヴィレッタの話によると、「あれは嘘をついている時の目だ」とのことなので、我らがジェレミアの苦難はまだまだ続きそうである。ちなみに真実は、こうだ。

『私が廊下に出たら公開されるようになっている。そうされたくなかったら――』
 カシャっという音と共に、仮面の一部が開ける。そこには……ジェレミアがヴィレッタの下着を使って行為にふける写真が、上手くジェレミアにだけ見えるように見せられていた。そう、仮面の裏に貼り付けてあるのだろうそれは確かにジェレミアを動かし足りうるものだった。

 と、確かにジェレミアは有罪であった。
 続いてオレンジ。これは縷々助に聞いたところによると、なんてことはない。昨日聞いたオレンジレンジがたまたま頭に浮かんだだけの、ダウト。つまりは嘘。なんてことはない、ただの虚偽にまみれた脅し文句だったらしい。……しかしながらこの真実を知るものは数少なく、結果、ジェレミアのあだ名が“オレンジ”になるのはそう遅くはなかったという。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送