「これください!」
 バン、と叩きつけるように箱がカウンターに置かれる。暇だったことで驚いたのだろう、店員はお決まりのセールストークを忘れるほど、唖然としてしまった。
「は、はい、こちらが一点で……498円になります」
 バン、またもやカウンターに強く叩きつけられるは1000円札。しかし店員は既に慣れたのか、置かれた1000円札を受け取る。その動作は手馴れたもので、熟年の女性である店員はこの店に勤めて長いのだと連想させる。
 と。
「――用にラッピングしてください!」
「……はい?」
 店員は自分の耳を疑う。おかしい、きっと自分が聞き間違えたのだろう。そうに違いない。
「ですから、――用にラッピングをしてください!」
「……」
 聞き間違えではなかった。……この客は何を考えているのだろう、サービス業だというのに店員はそんなことを考えてしまった。
「わ、わかりました」
 仕方がなく客の言うとおりにする。おかしい、この客は絶対におかしい。そう思わざるを得ないほど、彼女の発言は突飛……もとい、馬鹿げた内容。
「ではお釣りが502円になります。レシートは――」
「お釣りは要りません!」
 ラッピングが終わり、いざお釣りを返そうと正面を見れば、いつの間にか消え去っている包装した商品と、その場に残った一陣の風。なぜ店内に風なんて吹くのかという疑問を感じるには、店員は唖然としすぎていたのだ。
 まるで台風のようだ、と。一生使うことがないと思っていた比喩表現を、店員はしてしまった。


 

「儚く消えるは、ひと夏の恋心」

 

「三島さん、告白云々はひとまず置いて、貴女が抱いている誤解を先に解かせてください」
「誤解? なんの誤解?」
 案の定、彼女は全然分かってない。……誰かが言ってたなぁ、無知は罪なりって。確かに知らないからこそ、こういう暴走じみた行動が出来るわけだ。ううむ、頭が痛い。
「まず一つ。今朝の新聞。あれは間違いだ。俺と本堂はそんな色めいた関係じゃない」
 相手に伝わりやすいよう、なるべくゆっくりと要点を述べる。言っておくが馬鹿にしているわけじゃない、親切心からなる口調なんだ。
「そうなんですか。…………それを聞いて納得しました!」
「え?」
 てっきり否定するなり落ち込むなりすると思っていたのに、予想外にも彼女は、三島さんはすんなりと納得してしまった。……おかしい、俺の本能が告げている。これは嵐の前触れだと。
「そうですよね、わたしに告白するってことは本堂さんと関係が無いことが前提ですもんね。もし本堂君と関係を持って、尚且つわたしとも関係を持ちたいなんて言う人だったらそれはもうひどい方法で振ってやろうと思っていましたよ。はい、納得しました!」
「あ、その」
「それでですね、ちょっと早いけど……」
 駄目だ、彼女のペースに巻き込まれたら駄目だ! 話が進まないどころか、断崖絶壁に向かってチキンレースをしているような気分になる。……と、俺が頭を悩ませている時、彼女から何かを手渡された。
「――ちょっと早いけど、バレンタインデーのチョコです。時間が無くて、お店で売っていたものだけど、良かったら食べてください」
「…………」
 駄目だな、これはチキンレースじゃない。クラウンやらセダンやらが走る公道でGTOツインターボが時速250Km/hで爆走しているくらいありえない。そう、この日差しが眩しい七月初旬、よもやバレンタインデーという言葉を聞くとは、さすがの俺でも思わなかった。
 そもそも二月十四日以外に渡したチョコはバレンタインデー用として認められるのか。俺は認めない。確かに生まれてこの方母親にさえチョコをもらったことがない俺だけど、この今にもチョコが溶けそうなくらい日差しの強い日に渡されるバレンタインチョコなんて。風情もクソもあったもんじゃない。
 とどのつまり、
「お断りだ」
「え?」
「……俺はね、三島さん。君が好きどころか、かなりの苦手意識を持っているんだよ」
 全面的に否定した。
 この展開を予想していなかったのだろう自己完結していた彼女は、まるで魂が抜け去ったかのように呆然としている。見れば手が震えており、その内、コトンと音を立てながら綺麗にラッピングされたチョコが地面に落ちる。それをまるで気にも留めず、彼女はただ虚空を見つめる。
 第三者からすると、まるで俺が悪いことをしたように見えるが、ことの真相を知れば100人の内100人が俺の気持ちに同意してくれるだろう。
「……まぁ、これが君のしてい“た”二つ目の誤解だ。別に俺は告白しようと思って呼び出したわけじゃない。さっき言った一つ目の誤解を解こうと呼び出しただけなんだ」
 これでハッピーエンド。俺が懸念することは佐藤の件一つだけになり、晴れていつもの日常に近い生活に戻れるというわけだ。
「そんなわけで三島さん、さようなら」
 彼女に背を向け、俺は屋上を後にした。


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