無常な月明かりが夜道を照らす。人の気配は無く、響き渡っている音は一人の足音。風も吹かぬ蒸した夜だというのに、寒気を感じさせるのは何故だろうか。
「はっ、はっ、はっ、はっ」
 寂しげな雰囲気を漂わせる商店街に、一つの影が駆ける。――武田智和、彼は今、一つの“勘”と言うべき予想で動いていた。
 切れていた電話、消えたという佐藤、その後連絡を寄越さない本堂。思えばいつも舞台は一つの場所、まるで誰かが仕組んだかのように、僕達私達が通う学校で事が起こってきた。……武田智和はそこまで考えて走っているわけではない。だが、それ故に彼を突き動かす。絶対的な“勘”が。


『戦い』

 

 

「……そう、邪魔をするのね。なら遊びはここまで、本気でいかせてもらうわ」
 そう言うが早く、杉林心は本堂恵との距離をとる。観客が居れば見惚れるであろう華麗なバックステップ。それを感情のこもらない瞳で、本堂が見る。
「本気、か。――君は何故、人間を消す。NPCとは言わせない、ここに存在している人達は皆生きている。そんな彼等を消すというのは、横暴が過ぎると思わないかい」
 穏やかな口調。普段の彼ならば絶対に考えられない喋り方。そんな本堂が、言葉に反し杉林に対して構える。瞳は依然虚ろなまま。なのに表情は笑みを象り、多少の違和感を醸し出す。
 本堂の言葉に、杉林は答えない。真剣の一言に尽きるその顔。何が彼女をそこまで到らせるのか、目の前の本堂は何が変わったというのか。杉林は口を開かない。やるべき事は決まっていると言わんばかりに、自らの掌を天に掲げた。――同時に、蒼く光る球体が浮び上がる。
「552枚ものファイアーウォールが一つの個体に装備……そういうこと。本堂恵という個体自身がこの世界のセキュリティ、いくら侵入を試みても成功しなかったのも納得出来るわ」
 杉林の掌、そこに浮かぶ球体。その表面に細かい数字の羅列。不意に杉林が顔を緩める。知り得なかった事実を知った為か、真剣だった表情も先程までと同様の余裕を感じさせる笑みが浮かんでいた。
「ご名答。つまり、この僕……本堂恵を消去すれば、この世界は裸同然。目的は何か知らないけれど、君は何の妨害も受けずに“何か”を遂行できるわけだ」
「問題は、その数多に連なる障壁をどう突破するか。……直接触れて侵入するしかない、ということ」
 然り、肉弾戦になるという半ば予知に近い想像の下、本堂は構えていた。多重に納得せざるを得なかった杉林は一瞬苦い顔をするも、体に纏う空気を変質させる。透き通るまでの闘気とも言えるそれに本堂は満足そうな笑みを浮かべた。
「彼方から出も、現身を見出し、其をクグツとす。――――遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ。我こそは一つの世界を守りし者。貴様にも執念というものが在るのならば、見事この壁を打ち崩すがいい」
 ――刹那の瞬間風止まりて、摩擦しながら二つの影が躍り始める。



 本堂の手刀が振り下ろされる……が、それを杉林は回避。その回避行動を読んでいたかのように、動きの先に本堂の左膝。それも杉林は回避し、地面に片手を差し出したかと思うと、後ろに勢いよく飛び退く。
「よく避ける。威勢のいいお嬢さんだと思ったんだけど、中々どうして、これじゃ興醒めだ。こちとら自由になるのは久々なんだ、もう少し楽しませて欲しいんだけどね」
 本堂は家柄、古武術を嗜んでいた。しかし、一学生が出来る動きを“それ”は凌駕しており、とてもじゃないが嗜んでいる程度の人間が出来るとは思えない。その動きは正確に対象の正中線を狙っており、それは急所……とどのつまり、息の根を止める勢い。
 わかっていながらも、杉林は避けることしか出来ない。如何せん速過ぎる。どうにかしようにも、一つの動きに対処し終わった頃には次の動きが襲ってくるのだ。結果、杉林は避け続けるしかない。
「ふっ、そう簡単にいくとは思っていなかったけど、想定の範囲外とはこのことね。ログインされた場合の動きを侮っていたわ」
 それは嘘偽りのない本心。事実、杉林はどうすることも出来なかった。対象に触れようにも、近付けば逆にこちらが消去されかねない。かと言って、このままではこちらが消耗するだけ。……完全に本堂恵に流れを掴まれた。そこまで考えた杉林に対して、本堂は笑みを浮かべる。
「降参してくれ……と言っても無駄なんだろうね。さて、このまま続ける気? このままだと、僕が君を消去してしまうよ――ッ!」
「……っ!」
 深夜、月明かりに砂埃が照らされる。あまりの速さに砂埃が舞い上がり、あまりの力に地面が抉れ、そしてそのエネルギーの対象は動かなかった。諦めてしまったのか、それとも何か策があるのか。
 本堂恵は敢えて正面から向かう。右手に拳を作り、力強く握り締め、筋肉が伸び縮みしながら、まるで弓を引くかの如く、杉林に向かって渾身の拳が放たれた。
「…………ば、馬鹿な」
 意外や意外。砂埃が晴れた中、立ち続けていたのは杉林だった。



「よし、着いた……」
 夜の学校ほど不気味なものはないけれど、それでもここしかないと感じた。そう、感じただけ。なんだかオカルティックな匂いがプンプンするけど、そんなことはお構いなし。とにかくここに本堂が居ることは間違いないんだ。
 意を決して校門を跨ぐ。妙に頭はスッキリしていて――さっきはあんなに思いつめていたのに――、なんだろう、五感が研ぎ澄まされたとでも表現すればいいんだろうか。……だからだろう、足が勝手に動く。行き先を知っているかのように。
「――あ、あれは」
 着いた先は校庭。期待していたわけでもなく、そこに"居た"。本堂だけでなく、杉林さんの姿も見える。……問題は、二人が戦っているという点だろう。そう、戦っている。喧嘩とか、そんな雰囲気じゃない。命を賭して死合をしているような。……わけがわからない。
 でも、何故だろう。止めてはいけない気がした。


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