よく晴れた日のこと。いつも通りのクソみたいな訓練に追われ、これまたいつも通り俺はボロクソな状態になっており、そう、まさにいつも通りの日だった。
 午後も近くなった頃、隣で走っている田中の妄言に付き合っている俺。なんとも憎たらしいのだが、やはりというか俺に言い返す体力は無い。
 そんないつも通りの風景。その近くで、“何か”が大きく動き始めていた。

 


『西暦2018年 四月十五日 前編』


 




⇒《EDF本部・管制室》

 

<指令、東京渋谷区に“巣”が出現しました。今は静止していますが、巨大甲殻虫が出現するのも時間の問題と思われます>

 EDF本部、管制室。広い空間に、薄暗い光が灯っているその場所。そこに、無線を媒介したような声が響き渡った。
 正面に設けられた巨大なスクリーン。そこには、巨大甲殻虫……俗に言うアリの巣が映し出されている。
 周りの高層ビルよりもさらに大きくそびえたその巣は、インベーダー共の兵舎とも言うべき物体。……可笑しいもので、アリ達は地底に巣をつくり、そこから地上に攻撃を仕掛けているのだ。
 空からだけでなく、我らが守ろうとする地球からも攻められる。それでもEDFは守ることを止めない。隙あらば、こちらから攻めることも厭わない。

「引き続き監視を続けてくれお。――――現在1100。1300に包囲網を布き、1315に一斉攻撃を仕掛けるお」
<了解致しました。引き続き監視を続けます>

 プツッ、と通信が途切れる音。同時に、管制室が慌しくなる。

「ストーム1、及びストーム2は戦闘配備。それから、今回はペイルウィング隊を投入するお。研究所の人達に至急準備をと伝えて欲しいお」
「指令、ストーム1は現在サンフランシスコ大空洞の殲滅作戦に参加しております。また、ストーム2もそれに随伴しており……」

 指令と呼ばれた男が、「チッ」と回りに聞こえるような舌打ちをする。ストームチームとはEDFが誇る最高の攻撃部隊であり、今まで幾度もインベーダーの攻撃を退けてきた。それだけでなく、街中に出現した巣なども壊滅させることに成功している。
 そう、今はアメリカの殲滅作戦に参加しているのだ。本部の指示よりも政治家の意見を優先する……ストームチームはアメリカの腐った政治家の駒でしかないのだと、指令は心の内で毒言を吐く。
 

「レンジャーチームはどうだお。もう動けそうかお」
「いえ、それがまだ……」

 レンジャーチームは先日、巨大甲殻虫の攻撃で甚大な被害を受けている。駒と表現しても、やはり人で構成されたそれは回復するまで時間を要する。
 どうしようもない。指令は大きくため息をつく。管制室の中心に位置する椅子、そこに腰深くかけると、指令は思案する。
 現在動かせる部隊は、現地にいるスカウトチーム。加え、実戦経験の無いペイルウィング隊のみ。そこに現れた国内の“巣”……下手すれば万単位のアリ共が現れるというのに、こちらの部隊は数十名。
 いくらアリ共の耐久力が低いとはいえ、この数の差は埋められるものではない。……どうする。
 思考の袋小路に指令が追い遣られている時、背後の扉が開いた。

「――どうだね、内藤指令。新人共を使ってみては」
「大佐かお。……どうにも、新人達はまだ使えるとは思えないお」

 大佐と呼ばれた壮齢を思わせる顔の男が、指令の隣に立つ。それを咎めるわけでもなく、指令は言葉を続けた。

「巣はまだ静止しているけど、それも時間の問題だお。もちろん、ストームチームを待つことも出来ない……絶望的とはこのことだお」
「ならば、だ。それこそ新人共を使うしかあるまいよ、内藤指令。確かに奴らはまだ使えんが、武器を持たせれば数になる。アリ共が出現する前に、入り口を破壊すればいいのだ」
「物量ではなく火力で押し切れと、そう言いたいのかお?」
「あぁ、いわゆる電撃戦だよ。アリ共が沈黙している今こそが最大の好機。…………一刻を争う事態だ、新人共はすぐにでも動かせる」
「……わかったお。ここから現地まで、およそ二十分。その間に」
「武器の使用説明だな。わかっている」
「では、園岸憲太郎人事部長を今回の作戦司令官に任命するお」
「はっ」

 一瞬の沈黙。その間に大佐……園岸と呼ばれた男が敬礼すると、管制室から出て行った。それに合わせ、管制室さらに慌しくなる。
 その原因は、まさしく今の会話。普通ならば、新人訓練生は一ヶ月間の訓練を要する。その間に戦闘行動を行うことは違反行為であり、下手をすれば退役――クビもありうる。
 なのに何故。

「静かにするお! 事は思った以上に緊急を要する……今を逃せば、僕達がいるこのEDF本部もただじゃ済まないんだお! ……指令だからと言って違反行為が許されるとは思ってないお。けど、今は素直に従って欲しいんだお!」

 騒然とした管制室に、指令の言葉が響き渡る。不信感を抱く者は少なくなかったが、それでも管制室に沈黙が戻る。
 指令は一度深く溜め息をつくと、手元にあるディスプレイを見つめた。そこには新人訓練生が映し出されており、教官からにでも話を聞いたのだろう、皆驚いた顔をしている。
 そこに一人、別段驚いた顔をするのでもなく、ただ立っている男が一人。……指令はそれに何を思うのでもなく、映像を切った。





 


 

⇒《EDF本部・グラウンド》

「――――と、言うわけだ。貴様等にはこれから東京、渋谷に向かってもらう。……辞めたい奴はこれが最後のチャンスだ、今を逃せば死ぬまで奴らと戦わなければならない」

 なんて言われても、心肺機能の限界に挑戦していた俺がすぐさま理解出来るわけがない。ジったん、もとい教官はそんな俺に気付くわけもなく、なんだろうな、自分に酔っているような喋り方で話を続けている。
 インベーダーが東京に現れたようだけど、何故俺たちが行かなければならんのか。確か訓練期間は、最低でも一ヶ月と聞いていた。何やら難しそうな話ではある。
 疑問を抱えている俺とは裏腹に、周りの士気は大いに高揚しちゃっていた。……なるほど、歩兵隊と言えば最前線で戦いたい奴が来る場所だ。初陣の期日が繰り上がったのだ、喜ばない奴の方が珍しいのんだろうね。

(おい浩介、話聞いてんのか?)
(聞いてるっつーの。お前こそ、俺なんかに構ってないでもっと喜んでろよ)

 小難しいことを考えていると、小声で田中が話しかけてきやがった。正直言っちゃうとどうでもいいので無視してもよかったんだけど、友達付き合いというものを考えて、渋々反応する。

(うむ、そうなんだけどなぁ。やっぱ怖い、超絶怖い。考えてもみようぜ? アリだぜ? 俺等の数倍はある大きさのアリだぜ?)
(それは既に常識なんじゃないの。あれだ、お前の言うそのアリと最前線で戦うのは、間違いなくお前が所属している歩兵隊なんだけど)
(……今だから言うけどな、俺、虫が大の苦手なんだ)

 今この場でカミングアウトするべきことじゃないと思うのは、人間として冷た過ぎなんだろうか。いや、俺は間違ってないぞ。コイツ、田中は色々と腑抜けている。
 認めたくないにしても田中は友達。けど、いざ戦いになったとしたら絶対に背中は任せられない。そんな考えに到らせるんだ、この男は。

「どうやら貴様等は死にたいらしいな。……ならば良し。事は急を要するとのお達しだ、もうすぐここに兵士運搬用のトラックが到着する。何度も言うが、これで最後だ。出て行きたいやつは今ここで名乗り出ろ!」

 そう言い終わるか終わらないか、グラウンドの端から土煙を振り撒きつつトラックが突っ込んできた。……現実味が薄いけど、これから初めての戦闘があるんだよなぁ。
 田中も意を決したようで、その顔は強張っている。初めてのことで緊張するのはわかるけど、この“初めて”は死ぬ可能性も出てくる。弱気になる気持ちもわからなくはない。
 結構なスピードを出していたのだろう、トラックが俺達の目の前に到着する。完全に停止する直前、助手席から少し偉そうな男が出てきた。

「レンジャー2隊長、マーク・ハイヤー、到着致しました! ……教官、時間がありません。急いで新人共を乗せてください」
「あぁ。――貴様等、死にに行く気でこのトラックに乗れ。後先を考えるな、乗ればもう降りることが出来ないからな。さぁ、乗れ!」

 二十人ほどの俺を含めた訓練兵達が次々とトラックに乗り込む。10tトラックを改造したようなその乗り物は、二十人乗り切ってもまだ余裕がある。……かっけーなぁ。
 俺たちが全員乗ったことを確認すると、マーク・ハイヤーと名乗った男が再度助手席に乗り込む。……と、不意に俺は口を開いてしまった。

「その、教官殿は乗らないのでありますか」
「……杉山浩介訓練生、俺は貴様に発言することを許可したか?」
「いえ! ですが、」
「言っただろう、死ぬ気で乗れと。言うなれば貴様等は捨て駒だ。それも、今までで一番安っぽいな。……そういう貴様等を使えるようにすることが、俺の仕事だ。これからも貴様等のような新人は腐るほどやってくる。それを扱く為にも、俺は残らなければならない。……そういう意味で言うと、貴様等には惨い仕打ちをしたと思っている」
「教官……」
「貴様等は訓練期間を修了していない、言わば殻を被ったひよこ共だ! 本来ならば、その殻をぶち壊すのは俺の役目だった。……いいか、俺に殻を破って欲しいと思う腐った奴は、必ず生きて帰って来い!」
「「「イエス、サー!!」」」

 俺に対して言っていた言葉も、いつの間にか訓練生全員の心に響いていたようで。俺たちが力強く応えたのが聞こえたのか、トラックが甲高い音を上げて動き出す。
 ……生きて帰れるといいな。


 

⇒《東京市街・兵士運搬用トラック内》


 で、乗り込んでみるとビックリ。なんか一番偉い人が座るようなところに、いつかのジジイが踏ん反り返っていた。……やっぱり偉い人だったのか。
 落ち着かない訓練兵達の小声で騒がしい中、ジジイが声を張り上げた。

「黙らんか貴様等ッ! 今の貴様等に私情なんぞ求められておらん、感情を捨てろ! 今は敵の、奴等のことだけを考えておればよい!」
「……場が静まったところで、簡単な紹介をしておく。先程も名乗ったが、私はレンジャー2の隊長を務めているマーク・ハイヤーだ。本作戦中は隊長と呼べ。……そしてこちらが」
「大佐だ、大佐と呼べ。呼べと言ってもだ、貴様等には基本発言権は与えられていない。……いいか、これから使用武器の説明がある。二度は言わん、黙って聞け」

 耳が痛いほどの沈黙。それを確認すると、隊長が壁際――荷台の端だな――に設置されたコンソールを弄る。間もなく、壁面に設けられていたスクリーンに映像が映し出された。
 パッと見なにが何なのかわからないけど、よく見れば、それは俗に言うロケットランチャー。どこをどう見ても“武器”だ。

「今回の作戦は、アリの巣を“限定的に”破壊することが目的だ。奴らが出入りする穴、そこを狙う。応急処置にしかならんが、その後、体勢を立て直せるという算段だ。では隊長、武器の説明を頼む」
「はっ。……スクリーンに映し出されているこの“ゴリアス”は、見ての通りロケットランチャーだ。従来のそれと同じく、一兵士が持ち得る最高の火力といえる。これの特徴は、ライフル銃に匹敵するスコープ。これが、今回の限定的な破壊を可能としている」
「尚、現場には先行しているスカウトチームがいる。今回このトラックに積んでいる“ゴリアス”、“AF15”には限りがある為、武器は優先的にスカウトチームへ渡されることとなる」

 昔からなんだけど、やはりこの手の長い話は眠くなる。こう、右から左に筒抜けみたいな。……いや、自分の生死に関わることだってのはよくわかってるんだけど、うーむ。
 こんな俺とは違って、いつもはおちゃらけている田中は真剣に聞いている。なんだか悔しい気もするが、これは仕方がない。
 まったく、アリが出る前に叩くのなら、アリとはやり合わないってことだろ? 凄く拍子抜けというか、もっとこう、死ぬ気で戦えみたいな雰囲気だったし。……テンションが下がった。

「今回使用する機会はないと思われるが、“AF15”とはアサルトライフルだ。接近戦に於いて、こいつが無ければ生き残ることは出来ない、と言っても過言ではないだろう」
「……以上かね、隊長」
「そうですね。あと六分程で到着す、るッ!?」

 ――ガガンッ!!

 急に凄まじい衝撃に襲われ、トラックが停止する。それと同時に、

「う、く、来るな、来るなあ! ……ぎゃあああああああ!」

 前、運転席の方から悲鳴が聞こえてくる。……突然の衝撃に、予期していなかった悲鳴。ほぼ新人だけで構成されているトラック内は、途端にパニック状態になる。
 余裕があると言っても、二十人のうち大半が動いたとしたら、たちまち行動範囲が狭まってしまう。……地震や火災で言う、押すな走るな喋るなとは、至極合理的な考えの下に作られた決まりなのだ。

「落ち着かんか貴様等! ……ええい、クソったれめ! 隊長、“AF15”を持って運転席の様子を見てきてくれ!」
「イエス、サー!」

 こうしている間にも、トラックは小刻みに揺れている。皆も大方予想がついているに違いない。……アリがトラックを襲撃したんだ。
 細かいことは分からないけど、何らかの理由でトラックは停止せざるを得なくなり、そこを外からでも良く見えるに違いない運転席、そこに居る運転手を襲った。
 認めたくないのだろう、周りの訓練兵達は静まりそうにない。

「お、おい浩介! どうしたんだよ、なぁ、どうなってんだよ!」
「うるさい、落ち着けよ! いいか田中、こういう時こそ黙って、周りやお偉いさんの行動に気をつけろ。音一つでも聞き逃しちゃならない。生き残りたいのなら、とにかく気を配るしかない。……下手をしたら俺達、死ぬかもしれないからさ」





後編へ続く


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