春。骨の隋まで届くような冷気を後ろに、暖かな季節が今現在。人々は満開の桜を肴に酒盛りし、風情を身に感じている――そんな季節“だった”。
 時は西暦2028年。インベーダーと呼称される宇宙からの侵略者が世界を攻撃していた。和解案を講じることすら儘ならず、世界はEDF《Earth Defense Force》を結成。
 常識外に在るインベーダーとの戦闘も、なんとかEDFによって食い止められている。
 そして、EDF本部となる極東……日本にて、一人の男が歩兵隊に志願した。それが後に、人類とインベーダーの行方を左右することになるとは、まだ誰も知る由がなかった。

 

 

――――『西暦2028年 四月九日』

 



⇒《EDF本部・グラウンド》

 

 たったったった。地面を踏みしめる感覚。同時に土を抉り、足を前に、また踏みしめ、抉り、前に、踏みしめ……。

「オラァ! そこ、ちんたらやってんじゃねぇ!! んなとっろい動きしてたら、速攻でアリ共に食われちまうぞ!」
「だってよ、浩介」
「や、どうにも、一週間経ったとはいえ、運動不足には、変わりないというか、あれだ、あれ、基礎体力を、つけようにも、その訓練に、付いていける、基礎体力すら、ないというか、ね!」

 そう、俺は走っていた。入隊してから一週間、とにかく走り続けてきた。……誇張表現なんかしちゃいない。筋力をつけるための反復運動はもちろん、銃器の取り扱いすらやらせてもらっていない。
 まぁね、一般人すら歩兵隊に入れるくらいだし、こうやって基礎を培っていくのは分かるんだけどさ、ほら、人間って同じことをやり続けるようには出来てないと思うんだよね。
 そんな感じで一応文句の部類に入ることを考えていると、隣で俺に合わせて走ってくれている男が――名を山田智和という――、にやにやしながら俺を見ていた。

「はぁ、なんだ、よ。あんまし、喋らせないで、くれ。そんな、物言いたげな、顔をされると、どうにも、反応しちゃうじゃない」
「お前を見てると飽きないんだよ。今も不満があるのに、何でか知らないけど走っちゃってるし。何がお前を突き動かすのかねぇ、と」

 とりあえずこの男、俺が入隊した次の日に俺と同じ部屋にやってきた。初日のハードな訓練で死に掛けていたというのに、その持ち前の好奇心というか、まぁ良く言えば人懐っこいんだろうなぁ。
 と、そんなわけで色々と質問されたりちょっかいだされたりと、老人に拷問をするかのような出来事があったのだ。まぁルームメイトということも相まって、今じゃ一番仲のいい奴なんだが。

「別にだな、理由があって走ってるわけじゃあ、ない。ただね、ここでへばっちゃったら、なんか、向こうの方で余裕かましてる、教官に、負けた気が、するんだ」
「そうかそうか。まぁ頑張ってくれたまえよ。俺はさっさとノルマをこなして、ペイルウィング隊の女の子とでも優雅に昼食と洒落込むぜ」
「な、お前、俺を置いて、行くのか」
「薄情者と罵りたければ罵ればいい。だがな浩介、お前に付き合っていると女の子はおろか、朝食にすらありつけないという事態も十分にありえるんでな。と、いうわけでスパートかけるぜッ!」

 いやぁ、速い。さすが元陸上競技選手だっただけのことはあるなぁ。俺はもう、端的に言えば、吐きそう。リバースって言うの? あぁ、そんでも頑張らなければ! あの教官はいつかギャフンと言わせてやる!
 ……で、思うんだよね。入隊した時というか、入隊する直前までは、こう、熱意とか情熱とかやる気とか、そういったものが俺にもあった気がするのに、何故かなくなってしまった。
 それというのも、この訓練の所為だ! あのジジイに啖呵切ったくらいの情熱を返せ! こんなだから、山田なんていう如何にも田舎臭い名前の女ったらしに出し抜かれるんだ。……くそっ、今日も昼食
抜きかなぁ。


⇒《EDF本部・食堂》

 

 はぁ、やっと終わった。足が棒という表現があるけど、まさに今の俺がそれに当てはまる。もうね、肺が限界まで無理やり拡張されて吐く物も無くなり流す汗すらも乾くような。かなりの誇張表現だが、それだけ酷かったのだ。
 それというのも、どうしてこう人間の精神力を削るような真似をするのかね、あの教官は。ブリジッタン・グランスホールド教官、奴に恨みを抱くものは最大限の慈しみを込めて“ジったん”と呼んでいるそうな。
 ……ふふっ、ジったんか。なんとなく可愛い響きじゃないか。ざまぁ。

「お、浩介ー、今日はなんとかノルマを達成できたみたいだな」
「あぁ、誰かと思えば、どこぞの女ったらしか。今日も女を侍らせて、いいご身分なこって」

 酸欠の朦朧とした頭で歩いていると、どうやら俺は食堂に辿り着いていたらしい。帰巣本能というかなんというか。
 食堂の一部はガラス張りになっていて、EDF本部のクソ面白くもない景色を嫌というほど見せてくれるよう作られている。そのガラス張り付近に位置する長テーブルの一角に、田中が座っていた。
 女の子三人と昼食、なんともご機嫌な状態で満面の笑みを浮かべている。それだけならいいのだが、そのうざったらしい笑みを俺に向けるな! うらやましくなんかはないぞ!

「隣、座らせてもらうぜ」
「あぁ、さすがに女三人に男一人じゃ肩身が狭かったところだ。歓迎しようじゃないか」

 でも同席しちゃう俺。素直になれない、そんな自分が大好き。
 と、気付いた。何やら田中の顔色が悪い。笑っているだけで別段変わりないように見えるのだが、なんというか、冷や汗をかいていると言えばいいのか。
 ともかく、様子が変だ。そうだ、そうだよ! いつも田中は女がいるテーブルに俺を同席させるなんてさせなかったじゃないか! ――ヤバイ、俺の本能がそう告げている。

「――あー! あの時の変人!」
「あ、金髪のお姉さん」

 俺が変人なのは置いといて。うん、否定はしないさ! で、それは置いとくんだよ。
 なんとも数奇な巡り会い。田中と同席していた女の子達は、どうやら俺がここに来た初日に話しかけた子達。とても悪い印象を与えたというのは自覚しているが、変態呼ばわりとは失敬な。……置いといて。
 俺の正面に金髪のお姉さん、右隣に座っている田中の前には黒髪のお嬢さん、そしてその奥には、俺がフライング告白してしまった彼女、三咲さんが座っていた。

「あ、あぁ、一応紹介するぜ? コイツは杉山浩介っつって、俺とほぼ同期の奴なんだ。……その、確かに変なとこはあるかもしれないが、いきなり“変人”はないと思うなーんて思っちゃったり、ねー?」
「いや、それには忍びない。確かに俺は変人だと自覚しているんだ。なんたって、奥に座っている三咲さんに対し、出会い頭で告白してしまったのだからな!!」
「ひうっ」

 意味もなく俺が豪語すると、三咲さんが怯えたように身を縮こませた。ちょっと悪いことをしたと思うけど、俺は真実を言ったまでだしな。反省することはない。

「ちょっと、三咲が怖がってるでしょ。ただでさえアンタは良い印象を持たれていないんだから、自重して頂戴」
「自重か」
「え? あ、別にそこまでは思ってないよレニー。ただ声が大きかったからびっくりしただけで……」

 なるほど、金髪のお姉さんはレニーさんと言うのか。……金髪のロングって見た目がすげーよなぁ。手入れもされてるし、なんというかピッカピカしてやがる。オマケにナイスボデーだ。
 え? 自重? いやだなぁ、ちゃんと自重してるんっすよ。そこそこ。多分。それなりに。俺の行動に一切の影響を与えない範囲で。

「……食事中なので、もう少し静かにしてもらえませんでしょうか」

 何やら騒々しい雰囲気に包まれた中、凛とした声が発せられる。ど、どこの誰さんだ、こんな俺好みのお姉さんヴォイスを発した子は!

「……ふー、まぁ満月もああ言ってることだし、今日の所はここでおしまいね。よく考えれば、まだ昼食に手も付けてなかったわ」
「わー、満月ちゃんが喋るなんて珍しい。よっぽど今日のご飯が美味しいんだね」

 ……なんということだ。俺の理想のヴォイスはこの、黒髪オカッパな幼児体系の子から発せられたのか。シット! 世の中上手くいくもんじゃないんだな!!

「む、浩介、そういやお前は昼食どうしたんだ。どこからどうみても、お前の目の前には何もないわけなのだが」
「あぁ、俺はこのカロリー○イトで十分なんだよ。小食なのかな」
 
 そう言いながら、俺は服の内ポケットに忍ばせておいたカロ○ーメイトを頬張る。
 うむ、美味い。チーズ味はなんとなく脂っこい感じがするのだけれど、このフルーツ味は逆にさっぱりとしていて、とても食べやすい。
 これだけでカロリーが摂取できるというのだから、御得感バッチリというわけだ。

「……やっぱり変な奴ね」
「あん? 人様の飯に難癖つけようってか?」
「そういうわけじゃないけど、アンタ新人訓練生でしょ? それだけでよく体力が持つわねーって、少しばかり感心したのよ」
「そうか。喧嘩腰で応えてごめんなさい」
「……ホントに変な奴ね」

 感心されちった。いいよね、人から褒められるのって。こう、なんとも幸福な気持ちが溢れて、ついつい怒りを忘れちゃうくらい。
 そんな幸福感に包まれている俺を、三咲さんがジーッと見つめていた。おいおい、今更俺に惚れようったって、そうは問屋がおろさねぇ。

「浩介くんって小食なんだね。私なんか間食が多くて、スーツのウェスト規定ぎりぎりなのに。いいなぁ、私も小食で済ませたいなぁ」
「スーツってなんすか」
「はぁ。……そういえば三咲さん達はペイルウィング隊に所属しているんですよね? あれだったらコイツにペイルウィング隊の事を教えてやってくれよ、コイツってばホントに何も知らなくてさ、会話を合わせるのにも苦労するんだ」

 田中がそんなことをほざきながら、俺の頭を突付く。この野朗、なまじ顔がいいからって調子になるなよ。
 確かにペイルウィングのことは知らないけど、俺だって知ってることぐらいはあるさ。

「まぁいいけど。浩介、あ、浩介って呼ぶわよ。他人行儀って苦手で苦手で……そうそう。で、浩介、EDFのことはどれくらい知ってるわけ?」
「インベーダーに対抗するための組織ってことぐらいはわかる。あぁ、あとは歩兵隊のこともそれなりに知ってるぞ」
「そ。……でね、EDFが創設された年が2017年。その五年後にペイルウィング隊、平たく言えばインベーダーの技術を応用した部隊が作られたわけ」

 インベーダーの技術を応用……あれか、UFOに乗ったりアリをペットのように使役したりするのか。超カッコいいじゃん。
 それにしても、レニーって意外といい人なんだな。嫌がる素振りを見せることなく説明してくれるなんて。やっぱり人は話してみなくちゃ駄目だな! 第一印象にとらわれちゃいけないというわけだ!
 俺は話せば話すほど変人に思われてるみたいだけど。

「あのね、浩介くん。インベーダーのエネルギー技術って今の人類じゃ考えられないくらい高度だったの。それでEDFの人たちは、運良く回収できたインベーダーの戦闘機を元に色々な物を作った」
「ペイルウィング隊に配備されている“G抵抗ブースター”や“特殊コンバットスーツ”なんかがそれ。他にも武器やビーグルにもインベーダーの技術は使われているわ」
「なるほど。あ、ビーグルってことは歩兵隊にも一応インベーダーの技術は使われてるのか」
「そうね、歩兵隊で言う“ベガルタ”・“SLD2”に使われていたはず。……で、ペイルウィングにはもう一つ特徴があるのよね」

 三咲さんとレニーが熱烈に語ってくれている。これが愛の告白だったりしたら男冥利に尽きるってもんなんだけどなぁ。……くっ、雑念だこれは!
 愛の告白は置いといて、話に出てきたベガルタ……あの二足歩行ロボか! パワードスーツに近いけど、そんでも二足歩行するロボには変わりない。それに加えてSLD2、移動用のエアーバイク。
 なるほど、そういやあの二つは飛んだり浮いたりしてたな。乗ったことないけど。

「うん。私達ペイルウィング隊はみんなサイキック保持者なの。インベーダーのエネルギー機関はPKに反応することで動くらしくて」
「PKってなんじゃい。それに、サイキック保持者は世界で八人しか確認されてないって聞いたぞ。そんなんで“隊”なのか」
「質問が多いわね。いい? PKというのはサイコキネシスと言って、物体の状態を変化させる力のこと。で、サイキック保持者。これは境界が曖昧なんだけど、女性は皆潜在的なサイキックを秘めているの。そのPK値が一定以上の人をサイキック保持者と呼んでいるわけ」

 あー、えー、つまりあれだ、女なら誰でもペイルウィング隊に入れると、そういうことを言いたいのか。……なんという女性の優遇。間違いなく男性は恵まれてない。
 これぐらい聞けば十分だろう。うん、十分だ。まるでペイルウィング博士になった気分だ。

「まぁなんとなくわかった。説明をありがとう。……ついでに聞くけど、レニー達はどれくらいEDFに? というか、何歳なんですか?」
「いきなり失礼なことを聞くわね……。EDFに居た期間で言うと、あたしが一番長いわね。なんたって創設された時から居るんですもの」
「レニーのお父さんはジったん教官だからねー。あ、浩介くんは会ったことあるかな」
「会ったことがあるもなにも、ついさっきその教官にしごかれてきたばかりなのだが。……なるほど、そのストレートな物言いは父親から来ていたのか」
「なーんかトゲがあるわね。……あたしは20歳、アンタがそれ以下だったらこれからお姉様と呼んでもらうことにしようかしら」

 挑発的な目でレニーが俺を見ている。……お姉様。お姉様。なんて素晴らしい響きなんだ。呼ばせてもらえるのならもちろん呼ぶのだが、む、むむ。
 どうしよう、自分の歳がわからない。えーっと、多分二十歳は過ぎていたはず。あ、でも見た目が少し幼い気がするし……む、むう。

「多分20歳くらいだと思う」
「……自分の歳を多分だなんて、果てしなく変な奴」
「まぁまぁ、多分浩介くんは忘れっぽいんだよ。……あ、これって自己紹介だよね? 私は小枝清三咲。21歳で、去年からここに居るのよ。で、そっちの子、神山満月ちゃんも私と同期なの」
「……(こくり)」

 おかっぱ幼児体系娘が頷く。……それはいいのだが、なんだろうな、さっきからその、満月ちゃんが俺を睨んでいるのだが。
 あれだな、多分元が三白眼なだけで睨まれてるわけじゃないんだよな。そう願いたい。

「……わたくしは元より三白眼ではありません。……幼児体系というのはどうなのでしょう……怒ってもよろしいのでしょうか」
「え? いや、え? 俺喋ってないよ? ……誰だよ! 幼児体系とか三白眼とか、そんな女の子に対して酷いことを言ったのは!!」

 喋ることが珍しいという満月ちゃんが、またもや口を開いたぞ。しかもどうしたことだろうか、俺の思考が読まれた? 馬鹿な! そんなことされたら俺、生きていけない!
 きっとさっきから存在が無かったことにされてる田中辺りが腹いせに言ったんだろう。そうに違いない。

「あー、浩介くん、満月ちゃんは人の思考がたまに読めちゃうの。さっき言ってた確認されてる八人のサイキック保持者、その内の一人なんだよ。その所為でまだ18歳なのにEDFに連れてこられて……」
「……別に強制ではないのですよ。……わたくしが来たかったから来ただけですわ」
「そ、そうか、そうかそうか。……そんなお涙頂戴っぽいこと言ったって、俺のプライバシーが侵害されたことに変わりはないぞ」
「――じゃあ、女の子に対するセクハラは許されると言いたいわけ?」

 嗚呼、さっきまで優しく説明してくれてたレニーが、鬼のような形相で手をポキポキ鳴らしてる。知ってるか? そんな風に音を鳴らしたら、指が太くなるんだぜ?
 まったく、やっぱり俺の印象通りレニーは乱暴な女だったんだな。人は一時に流されちゃ駄目なんだ! よく人を見極めなくちゃならないというわけだ!

「ごめんなさい。もうそんなことは思いません」
「わかればよろしい」

 嗚呼、俺って儚い子。そして人類は弱き者。暴力を前にした俺は素直に謝るしかなかった。
 一方で、満月ちゃんはまだ俺の事を睨んでいた。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、もう幼児体系とか思いません。はい、普段は三白眼なぞ微塵にも感じさせませんです、はい。
 ……けっ、満足したような顔しやがって。ちょっとロリータ趣味に目覚めそうになっちまったじゃないkごめんなさい。

「――で、ですね、皆様方。大変盛り上がっているところ申し訳ないのですが、あと三分で昼食の時間が終わるんですよ」
「あ? 田中、居たのか」

 田中の戯言に耳を貸す気はないけど、時計を見ればあら不思議、残り時間二分を切ってるという事実。
 見れば食堂に人影はなく、俺達が勝手に騒いでいただけだったらしい。なんともやるせない、哀れ俺の目的地であるグラウンドはここから走っても10分はかかる。

「どうして早く言ってくれなかったんだ。田中の所為で俺の遅刻が確定してしまった」
「いやぁ、浩介君が楽しそうに女の子と話しているところに水を差すのはよくないかと思いまして」

 こいつ、拗ねてやがる。男が拗ねるほど厄介な行動はないと思うのは俺だけだろうか。少なくとも、性質が悪いことに変わりはないのだけれど。
 と、急いでいるといえば。

「そういえばそこの御三方は急がなくていいのか。正直、今から急いでも間に合わないと思うけど」
「あー、私達は研究室だし。この間浩介くんと出会った場所があるでしょ? あそこが目的地だから、食堂からは凄く近いの」
「あらあら、浩介たちは遅刻? 遅刻はさすがにまずいわよ、パパのことだから夕飯抜きとか言い出すかも」
「……ふっ」

 なるほど、遅刻はよっぽどのことがない限りありえないと、だからこそ長話に興じたと。そこまで折込済みの会話だったとは、恐るべし。そして、実娘による恐怖の脅し文句が炸裂。
 さりげなく満月ちゃんもダークな笑みを浮かべてるし、なんというかじわじわと込み上げてくるものがある。なんだろうね、これ。

「じゃ、浩介、俺は先に行く。俺の足ならば、まだギリギリで間に合うはずなんだあああぁぁぁぁ……」

 ドップラー効果を振りまきながら、田中は一目散に走って行ってしまった。また置いていかれた事実に、俺は込み上げてきたものが怒りだと確信する。
 いや、怒りじゃないな。悲しみとか怒りとかやるせなさとかまだ頑張れると言ったような気持ちが、全部マーブルされた甘酸っぱい感情だ。
 感情を特定出来たことで感動している俺を他所に、ペイルウィング隊御一行は何時の間にやら食事の後片付けを済ましており、今まさに出口から出て行くところだった。

「それじゃ浩介、また昼食にでも会えたら」
「じゃあねー、浩介くん」

 世の中は冷たい。冷たすぎる。満月ちゃんの“地獄に落ちろ”というジェスチャーがグサリときた。
 というか、彼女は物凄い猛毒を持っていると今ので確信した。油断ならないな。今度から満月ちゃんの前では聖人君子でいよう。……元より戦う気はない。俺は既に敗北者なのだから。

「……そして遅刻は確定してしまった」


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